Other

02


「いやあ、麻衣がこんなに綺麗になってるとはね」
サラリと恥ずかしがりもせず言った恭に外見だけじゃなくて口もお上手になりましたね、と感想をつけた。
「そっちだって異常にカッコよくなってるじゃん」
余裕綽々な恭を真似して本当の事を言った。すると恭の余裕は流石に真似出来なくて言った自分が赤面してしまった。そんな私を見てくすりと笑い、かわいいねとまた恭は褒めたのだった。会話してる場所が端っこだと言うのに恭に見惚れる人やちらちらと見る人が絶えない。
「…ちょっと外行くか」
気にする私を汲み取ったのか気を利かせて手を引っ張った。手が暖かくて、心にまでじんわりと暖かさが侵食していった。こういう風に誰にでも気を利かせたり、褒めちぎるのをしたりするのかな。…これ、ヤキモチじゃない。そしたら、
( 私が好きみたいじゃない )
違う違うと否定をすれば、ちらちらと心の底の気持ちが見え隠れする。駄目だよ、今更都合が良すぎる。相手の事を考えず別れの言葉を言い逃げしたのだから。
ソフトな力で引っ張られたまま辿り着いたのは会場のすぐ近くのベンチだった。座った恭が隣を叩いて座らせるように促した。それに従って隣にぎこちなく座った。
「…なんか、ごめん。なんでかわからないけどみんなに見られるんだよね」
(…無自覚)
「……ふぅん」
はは、と力無く弱そうに笑った。無自覚のイケメンって最強な気がする。暖かかった会場の中とは打って変わってひゅう、と冷たい風が吹く。上着を脱いでいたため薄着だった私は少し身震いをした。恭は微かな行動に気付いておもむろにバサリとジャケットを肩に掛けてくれた。
「わっ、え、恭が寒くなるよ…!」
「それより麻衣が体壊す方が俺はヤダ」
慌てる私とは違ってさも当たり前かのようににこりと笑って見せた恭。これは返してもまた掛けてくれるやつだな。付き合ってた頃はこんなのしてくれなかったのに、そう心の中で苦笑いをした。きっと、今までに付き合ってきた彼女に学んだんじゃないかな。
ジャケットに腕を通して改めてちゃんと着る。大きくてゆるゆるで少し隙間から風が入ってくる。気にするほどでもないけれど。残る温もりと良い匂いが安心する。
「……懐かしいよね。みんな、あまり変わってなくて」
「そうだね、恭は変わり過ぎだけど」
昔もそこそこカッコよかったけれど、こんなにアイドル並みにかっこよくはなかった。そう言って私は空を見上げた。都心部の癖して珍しく星が見える。月が綺麗に見える。雲ひとつないや。
「…好きな子がいてさ。振り向いてもらうために」
「……へぇ」
ふと呟かれたその言葉。やっぱりいたんだ。それを聞いて何かが案の定ちくりと胸に刺さった。振ったのは私なのに。今更、そんなのあり得ない。
苦笑いを含めて言った彼は何処か切なそうだった。それに私はへぇ、と気の抜けた答えしか出来なかった。
「まぁもう可能性が無いに等しいんだけどね」
溜め息混じりにそう言って恭は私が返事をする前に向き直って私に言った。
「麻衣は彼氏とか出来たの?」
「え」
恭と別れてからこれまでの間、大学やバイトやら1人暮らしやらで忙しくて恋愛なんて二の次だった。当然彼氏や好きな人なんて出来る訳がない。言い寄られたりはごくたまにあったけれどそんな気にもなれなくて断って来た。
「ううん。全然」
横に顔を振りながら言うと恭はそっか、と言った。それっきり、私と恭の間には沈黙が流れ込んでいくのだった。
不意に沈黙を破ったのは恭だった。
「もう行こっか」
立ち上がりこっちに微笑みかける恭を見て微笑み返して縦に頷いた。立ち上がった私は恭の隣に行き、会場へとまた歩いて行った。

+

戻ると少し人が減っていて時刻は解散を過ぎていた。雪はまだ残っていた様で、私に駆け寄ってきた。
「麻衣!……あー、そーいう事ねぇ…」
隣の恭と私を交互に見て察した様ににやりと笑った。私は慌てて違うと否定するけれど、恭は何も言わなかった。不思議に思った私は恭の顔を覗き込む。赤く染まった顔、その目と目が合う。
「え」
私は覗き込んだまま固まった。
「見ないで」
大きな手が私の視界を塞ぐ。隙間から見える彼は変わらず顔を赤くしていた。
( ?なんで恭が赤くなってるの? )
意味もわからないまま隠されたその手を掴んで戻そうとする。
「ど、どうしたの」
「…なんも」
本当になにもわからなくて聞いても、彼ははぁと小さく溜息をして手を降ろした。それを見ていた雪もやれやれ、という感じで若干の溜息をついたのが分かった。
「…じゃ、またね。…鈍感め」
「ま、またね…?」
最後にポツリと鈍感、と言い捨てたのちに恭は向こうへとさっさと行ってしまった。
「あー…これは恭くん大変だわ」
雪が隣に来て、壁にもたれかかり恭の後ろ姿を見ながら呟いた。もう、本当わかんないな。
「どーして?」
「…誰かさんが鈍感だからよ」
くすりと一笑して頭をくしゃりと撫でられ、なんだか雪は綺麗だから照れてしまう。
けれど、自分のことなのか何なのかははっきりわからなかった。
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